コラム社会労務の基礎知識

人件費の抑制は、不得意分野の対策から

1. 賃下げの限界

円安による原材料の高騰などで、事業計画を見直さざるを得ない企業が増えています。
当然、人件費もその対象であり、いかに適正にコントロールしていくかが重要になります。
最低賃金の上昇により賃下げの余地もなくなり、人件費の抑制に頭を悩ませています。
残業時間に応じた残業手当を変動費として支給している企業も多いのですが、一定時間の残業手当を定額残業手当として固定費で支給している企業も増えています。ただし定額残業手当の場合でも、手当の金額を超えた場合には超過分を支払う必要がありますから、残業時間の抑制は必須であることは間違いありません。
時間給の労働者についても同様で、特に単純労働に従事している労働者については賃下げの余地がほとんどないため、新たな対策を考える必要があります。
最低賃金が上昇したことで、拘束時間の長い運送業、建設業、小売業、外食業といった業種では、残業を予算化した場合、月給者であっても基本給が最低賃金額ギリギリになってしまい、賃下げ余地がありません。
友人の弁護士とは、未払い賃金の事件などを数多く手掛けないと、最低賃金額の上昇が労働者の幸せには無関係だということが理解できないということをよく話します。
拘束時間の長い業種ではそれが顕著です。なお残業手当の問題や予算化については拙著「社長!残業手当の悩みはこれで解決(現代書林)」に詳しく書いてありますので、そちらをご覧ください。
賃下げ余地がなければ、労働時間を短くすることによって人件費を抑制しなければなりません。
例えば人件費を時間給で10円引き下げた場合、一日8時間労働とすれば80円の引き下げ。
一月23日出勤したと仮定すれば一ヵ月で「10円×8時間×23日=1840円の人件費抑制になります。
東京都の平成26年度の最低賃金額は888円ですから、10円引き下げられる労働者の時給は898円以上でなくてはなりません。
来年度以降も最低賃金額が引き上げられることが予想されますから、今年度10円引き下げられたとしても、次年度以降、元に戻さざるを得ない環境になることは容易に予測できます。

2.賃下げから時短へ

賃金の引き下げ効果は限定的であり、来年度以降の最低賃金額によってはその効果がなくなるという問題を解決するには、労働時間の短縮しかありません。
例えば時給900円の労働者が一日15分間の休憩を増やすと「900円×0.25=225円」を支給する必要が無くなります。一月23日出勤したとすれば「255円×23日=5175円」の人件費抑制効果があります。最低賃金が引き上げられたとしても、休憩時間を増やしたわけですから、次年度以降も効果は継続できるわけです。
このような理由により、人件費の抑制においては労働時間の短縮を目指すべきなのですが、簡単にできるものではありません。
外食や小売りなどでは、時間単位の「予算」と「実績」を管理することにより、適正配置や、過剰配置にならざるを得ない時間帯での余剰人員の活用などを行うことができますが、それでも限界があります。

3.仕出し屋さんの事例で考える

私のお客様に「仕出し屋さん」がいらっしゃいますが、本業が居酒屋さんなどで、昼の時間を活用して仕出し屋業界に参入する企業が増えています。
一日100個もつくらない小規模な仕出し屋さんも結構存在します。
料理人が料理を作るのですから、料理については品質も高いですし原価計算もできています。
しかし、この仕出し屋さんが共通して頭を悩ませているのが「配送」なのです。
お弁当を作る過程で生み出した利益を、配送で使い切ってしまっているのです。「配送」は燃料費と人件費がほとんどであり、車輌を労働者の効率的な運用が利益を左右します。
仕出し屋さんには運行管理のノウハウが蓄積されていないので苦労されているわけです。
地域の仕出し屋さんが組合を作り、共同配送すれば効率的なのでしょうか。競争が激しい現状では難しいかも知れません。
人件費を抑制するには、人のことばかり考えていても結論が出ません。人事というのは独立の分野ではありません。経営の中の一分野として、企業全体を考えていかなければなりません。

4.得意分野と不得意分野を棚卸しましょう

「料理を作るのは得意だけど、配送は不得意」という仕出し屋さんの事例はわかりやすいと思います。
「治療は得意だけど、マネジメントは苦手」というお医者さんも多いことでしょう。
製造業でも、いま行っている作業の全てが得意分野であるとは言い切れないでしょう。
私も社会保険労務士の分野では年金は全く不得意分野です。このような不得意分野をどのように改善していくのかが労働時間短縮のポイントなのです。私は年金が得意な職員に頼っておりますが、前述の仕出し屋さんの事例でいけば、配送を外注するということも選択肢になるでしょう。
「外注化する」「同業者と共同で何かをする」など、通常の「無駄の削減」だけではなく、業務のあり方を抜本的に変える何かをしなければいけない時代であると思います。
政府はデフレ脱却を目指していますが。中小企業で働く労働者の賃金が上昇しなければそれは実現できません。それまでは、仕入れコストの上昇を商品に100%転嫁することなどできないのです。
労働時間の短縮によって人件費を抑制しなければ利益が出ない、という状況でありますから、抜本的な改革が必要なのです。

5.まとめ

デフレ脱却のために「賃上げ」を目指している中「人件費抑制」の話をすることは矛盾ですが、そうせざるを得ない現実があります。
得意分野の利益を不得意分野で消費しないために、どのようにしていくのか。これからの経営に極めて重要なことであると考えます。ご参考にして頂ければ幸いです。

「初出:週刊帝国ニュース東京多摩版 知っておきたい人事の知識 第60回  2014.12.23号」

コラム社会労務の基礎知識一覧へ