KNOWLEDGE OF PERSONNEL AND LABOR

人事・労務の知識

人事のブレーン社会保険労務士レポート第162号
中小企業と働き方改革

1.はじめに

生産人口が減少する中で、大手企業が賃上げをしており中小企業にとって人材の確保は事業を継続するうえで何としてでもしなければならない重要課題です。人材不足の中、いい人材を採用するためにはどのようにしたらいいのか。

また政府は年間平均残業時間が60時間以下となるように規制を設ける方向で議論を進めています。
人材豊富で資金力のある企業であれば残業規制を達成することはできるでしょう。

しかし人材不足の中小企業や小売り、外食、運送業などの業種ではこの残業規制は非常に頭の痛い問題です。

ヤマト運輸の問題を機に、運送業でも顧客のニーズにどこまで対応するかという議論が起きています。
運送業の労働条件を向上させるためには、顧客である消費者が「不便」について納得をしなければできません。

何が言いたいかというと、労働条件を改善するためには一企業の努力では無理であり、消費者がその為に生じる「不便」をどこまで受け入れるのか。
その不便を前提とした社会の構築が必要になっています。
また製造業をはじめとするBtoBの業界でも、納期の設定を残業規制に配慮したものにしなければ残業規制を乗り越えることが出来ません。
労働基準監督官の数が不足しており、働き方改革を実効あるものとするため に、労働監督行政の一部民間委託という議論も出ています。

私は社会保険労務士として労働基準行政を強化したところで、政府の目指す働き方改革が達成できるとは思えません。

働き方改革は「仕事の任せ方」改革であり、消費者にとっては「どこまで不便を受け入れるのか」という意識改革なのです。

この2点を解決しないまま働き方改革を行えば、資力のない中小企業は生きていけません。その理由を次でお話いたします。

2.働き方改革と格差助長

前でお話ししたとおり、働き方改革は「仕事の任せ方改革」と「どこまで不便を受け入れるか」という意識改革が行われて初めて実現できるのです。
この2点がなければ、企業間の格差が助長され、ひいては労働者間の格差を深刻なものとするでしょう。

残業規制を守ることが出来、労働者の働きやすい環境を作ることが出来る企業は人材不足ではできません。仕事を発注する企業や外注化できる資力のある企業で働く労働者の労働条件は向上します。

しかし、仕事の依頼を受ける企業、いわゆる下請け企業はそれができません。人材不足の解消が進まず、今の仕事の発注の方法では労働条件の向上は困難です。消費者の意識が変わらなければ、どこかでそのニーズを満たすために誰かが努力をする必要があります。

この努力をするのが下請け企業になってくるのです。このような理由で「発注者である企業」と「下請け企業」の労働条件の格差が開いていき、中小企業の人材不足を解決することは非常にハードルが高い問題になってくるのです。

3.残業規制と労働者の年収

厳しい環境の中、必死に法律を守っている会社はたくさんいます。運送業では月間の拘束時間が293時間とされています。拘束時間とは労働時間と休憩時間の合計です。運送業ではこの拘束時間で残業規制を行っています。この293時間を守っている企業に何が起きているのか。

「人材の流出」です。

293時間しか拘束時間がないのであれば稼げない。だからもっと働ける企業に転職する。
このようなことが起きているのです。

残業規制でもう一つ必要な点は、残業をしなくても労働者の収入が保証されること。
人材不足で悩んでいる中、稼げないという理由で転職されると経営が成り立たなくなります。これは293時間の拘束時間でも生活できる賃金額が払える料金設定にしなければなりません。
これを行わなければ働き方改革は中小企業ではできないということになります。

4.「不便」をどこまで受け入れるのか

私は政府の進める働き方改革に反対をしているわけではありません。しかし上記3点を取り組んだ後に、着地点である「残業規制」があるのです。労働基準行政の充実よりも、企業間取引における「残業規制のための取り組み」を監視する仕組みを作らなければなりません。

中小企業の社長は努力をしていないという誤ったメッセージを発信する結果となってしまっていることが残念です。
残業規制をすればスーパーの閉店時間も早くなりますし、定休日も設けざるを 得ないかもしれません。
女性の社会進出を進めていく中でスーパーが早く閉まっていては買い物できません。

「スーパーが閉まっているなら宅配で」と考えても、ヤマト運輸の問題を機に再配達について見直しの機運が高まっています。
便利な社会というのは「誰かが頑張っている」から成り立つのです。 残業規制の議論は「どこまで不便を受け入れるのか」という議論と合わせてしなければなりません。
国会でこの議論を真剣にしてもらいたいのですが、残念ながら大阪の小学校の許認可の議論ばかり。

働き方改革については、その実現の時間軸を伸ばして、その為に我々消費者は「どこまで不便を受け入れるのか」。
発注者である企業に対しても「どのような任せ方をすればいいのか」を議論しなければただの中小企業いじめになってしまいます。
読者も皆様もぜひともこのような視点で働き方改革の議論をみていただきたいと思います。

一覧