人事のブレーン社会保険労務士レポート第140号
業務上のケガや病気で社長等が健康保険を使える場合とは
1.はじめに
(1)労働者災害補償保険法とは
業務中や業務に起因したケガや病気については労災保険の対象となり、それ以外のプライベートにおけるケガや病気については健康保険で治療を受けるということは皆さんご存じだと思います。
そもそも労災保険とはどの様な目的でつくられたのでしょうか。
労働基準法で「労働者が業務中に、または業務が原因となる事由でケガをしたり病気になった場合には、最低限このくらい補償しなさい」と決められています。
しかし資力のない中小企業では、法律で定められている補償をする事が出来ません。
補償をしたことによりその企業が倒産してしまっては、被災した労働者は保護されないということになります。
労災事故を起こして倒産してしまう事態となれば企業も不幸だし、労働者も不幸になってしまうのです。
これでは法律の規定が意味をなさなくなってしまうので、この「最低限の補償」を保険にして、広く保険料を集めることにより企業経営の安定と労働者の生活の安定を目指したものが労働者災害補償保険法なのです。
ですから個人事業主や法人の役員などは労災法の対象者としていないのです。
(2)就労形態の多様化と保険給付の問題
一般の労働者であれば、業務中や業務に起因したケガや病気は労災保険。
それ以外は健康保険を使うことにより、全てのケガや病気について公的医療保険の給付の対象となります。
就労形態が多様化し、労働者の様な就労形態で「雇用契約」ではなく「請負契約」や「委任契約」といった契約形態の人達が出てきました。
シルバー人材センターで働く方は雇用契約ではなく、請負契約で働いています。
この場合は、労働者ではないために業務に起因するケガや病気でも労災法の適用がなく、また健康保険においても保険給付が行われないという事態が生じていました。
国民皆保険の我が国において、この様な医療保険の空白があるということは問題です。
これを解消すべく健康保険法が改正され、以下の通りにとり扱われることとなりました。
2.健康保険法の保険事故の変更
今までは、業務上は労災保険。業務外は健康保険となっていました。
しかし健康保険法第一条が改正され業務外の保険事故に加えて、「労災保険の給付が受けられない業務上の負傷」が追加されました。
例えば、シルバー人材センターや副業で行う請負業務などの傷病、学生のインターンシップでの傷病については業務上という理由で健康保険からの給付は受けられませんが、労働者ではないという理由で労災保険からも保険給付がなされません。
しかし、この改正により「労働者ではない」業務従事者については原則として健康保険から保険給付が受けられることとなりました。
但し対象となるのは平成25年10月1日以降に発生した事故に起因する業務上による傷病になります。
3.法人役員の場合
健康保険法に第53条の2が新設されました。
これは、第1条で「労災保険の給付が受けられない業務上の傷病」については原則として健康保険の給付対象となるとされていますが、被保険者又は被扶養者が法人の役員である場合には、その法人の役員としての業務に起因する傷病については支給しないとされています。
法人役員としての業務とは、法人のために行う業務全般を指します。
すなわち法人役員の場合には、業務上の傷病については健康保険法の給付はされず、公的保険を利用する場合には、労災法の特別加入が必要であるということになります。
労災法の特別加入制度がある以上、それを利用しないことは自己責任であるという考え方であるでしょう。
4.法人役員の例外
法人役員としての業務のうち「被保険者の数が5人未満である適用事業所に使用される法人についての役員としての業務で厚生労働省令で定めるもの」については例外として、法人の役員であっても健康保険法の給付の対象となるということになりました。
この厚生労働省令で定めるものとは健康保険法施行規則第52条の2により「当該法人における従業員(3でお話しした、健康保険法第53条の2に規定する法人役員以外の者)が従事する業務と同一であると認められるもの」とされています。
具体的には、被保険者が5人未満の法人の役員については、その役員の業務が、他の一般労働者と同一の業務でなければ健康保険法による保険給付はされません。
この場合においても労災保険の特別加入によらなければ公的保険による救済はないのです。
5.まとめ
今回の改正法においても法人役員については一定の要件を満たさなければなりません。
そもそも労災法による特別加入により公的保険で救済されるルールが従前よりあったわけですから、法人役員については労災法の特別加入によりいざというときの備えをして欲しいと思います。