KNOWLEDGE OF PERSONNEL AND LABOR

人事・労務の知識

人事のブレーン社会保険労務士レポート第136号
育児休業と女性の社会進出について実務家としての一考察

1.はじめに

育児介護休業法が施行され、女性の育児休業について、一昔前と比較するとその取得率は大きく向上しています。

しかしながら出産を機に退職をする女性労働者も少なくありません。
女性労働者が出産を機に退職することがないように、また子育てをしながら働き易い環境が整備されるように政府は様々な政策を行っています。

経営者側の立場で活動する実務家である社会保険労務士として、子育て関連の政策は誤っているものが多いと思います。

是非皆様にも実務家として中小企業の経営に携わる法律家の意見として、一緒に考えて頂きたく今回のテーマにしました。

2.厚生労働省の「正社員至上主義」政策

(1)正社員至上主義とは

 厚生労働省の労働政策の根本は「働いている人全員が正社員になりたいはずだ」というものがあります。
 派遣社員から正社員への転換を経営者側から勧められても断る労働者はたくさんいます。
労働者の価値観の問題ですが、この価値観をも環境が悪いからその様な選択を行ったという前提で政策が立案されています。
この結果、多様な価値観を受け入れる土壌がなくなり、多様な就労形態を求める労働者層のニーズと乖離しているのです。
これは育児休業から復帰してくる労働者のニーズにもいえることです。

(2)ある看護師の職場復帰の事例

私のお客様のクリニックで育児休業を取得した女性労働者が職場復帰に当たり、フルタイムでの復帰を望まず、短時間でのパートを希望しました。
朝の8時30分から夕方まで勤務ではなく、のんびりと働きたいという事でした。
正午から午後2時ぐらいまでは毎日オペがあり、このオペを手伝う看護師として、一日2時間労働で勤務したのです。
この様に労働者側の働きたい職種や時間帯と使用者が提供できる就労形態のメニューが合致すれば幸せです。
しかし、一企業ではなかなか合致させることが難しいと思います。

(3)事務員1人の町工場の事例

製造に携わる労働者が社長を含めて5人、経理などを担当する女性労働者が1名という小さな製造業で、経理を担当する女性労働者が出産をしました。
産前休暇前に新しい事務員さんを採用し、引き継ぎを行いました。
育児休業も終わり、復職するに際して、事務員さんを2人雇用することは難しく、復帰する女性労働者に再度引き継ぎをして、この事務員さんにはやめてもらう必要があります。
そもそも、産休代替で良い人材は集まりませんし、よい人材どころか応募すら来ない事例も多いです。
そして復職してきた女性労働者が短時間勤務でしたら、仕事は回りません。
やむなく、育児休業から復帰しようとしている女性労働者に「やはり今の環境では復職できない」と伝えてしまう経営者も多いのが現状です。
これは経営者だけが悪いのでしょうか?
私はそう思いません。

(4)スケールメリットで考える

トヨタ自動車のような何兆円という利益を出す企業と、町工場の経営を同列に語る人は見かけません。
当然共通することはたくさんありますが、スケールメリットの問題は絶対に同列に語ることは出来ません。
出産して子どもが出来る。
母親である労働者や父親である労働者、そしてその親族の価値観、子どもの健康状態など「出産」といってもそれぞれです。
産休、育休、復職の流れの中で、元の職場、元の職種に戻せ。そして短時間勤務を経てフルタイムに戻せという枠組みに中小企業が対応できないのです。
男性の意識や社会の意識の問題ではありません。
中小企業の箱の問題、キャパシティーの問題なのです。
トヨタ自動車と中小企業の違いは何か。
一番の違いはスケールメリットです。
看護師の事例でお話ししたように、一社で労働者のニーズを満たせるような自己完結できる企業は中小企業においては少数です。
しかしトヨタ自動車などは、組織が多く、その職種も多様なために組織内で自己完結することが可能なわけです。
中小企業で多様な就労形態を提供できるはずがありません。
事務員さんが1人の事例では、復職自体が困難なのです。
私の事務所でも産休は2人取得しましたが、代替要員の発想はなく、産休明けの労働者の職場を確保するために、1名増員するぐらいの売上げを上げることで職場を確保しました。
売上げを上げて、人員を増員させるような環境を作る以外に中小企業では復職させることは相当困難なことなのです。
代替要員の発想では組織がまわりません。戦力なのです。
出産後3ヶ月で復職した幼稚園教諭の事例もありますが、3ヶ月という宣言をして、本当に三ヶ月で職場復帰すると、何とか増員せずに乗り切れますが、その期間は1名減員ですから残業時間や休日労働は増えます。
この様な場合には、36協定の上限時間の緩和などの措置が必要になってくると思います。
産休代替とは、誰がやっても同じ仕事を前提とした考え方であり、少数精鋭の組織では、その考え方がなじみません。

3.スケールメリットを中小企業でも活用できるように

今の育児介護休業法は、育児休業開けの労働者について、「同じ企業」「同じ職場」「同じ職種」「同じ賃金」を前提としております。
前述のように、中小企業にはこれを用意する箱がありません。

ではどうしたらいいのか。

発想の転換です。

育児休業取得した社員の復帰については、転職も選択肢に含めて、他社で育児休業を取得した社員を採用すると助成金がもらえるような仕組みをつくることです。
看護師の事例では、たまたま同じクリニックで選択肢が用意できましたが、Aクリニックではオペがない。Bクリニックではオペがあり、その看護師を募集中である。
この様な求人と求職をマッチさせる仕組みをつくれば、その組織内でしか用意できないメニューよりももっと多様な選択肢が増え、無理せずに就労できる環境が手に入ると思います。
町工場の事例も同様です。
特定の経済圏の中で、育児休業から復帰してくる労働者をマッチングさせる機能により、中小企業の育児休業取得率は向上すると思います。
また厚生労働省の正社員至上主義を改めて、正社員だった労働者が正社員に拘らず、多様な勤務形態を選択できるような政策転換が重要になってくると思います。

4.まとめ

育児休業をはじめとする女性の社会進出の問題は、理想論が先行し、実務的に困難な政策を立てて、その実現が出来ないのは「男性の価値観」や「社会環境」が原因であるかの議論が進んでいます。

それも一因でしょうが、中小企業という小さい「箱」では対応できない政策であるとこを理解しなければなりません。

多様な就労形態を認め、一社で自己完結させるような仕組みではなく、地域や職域といった範囲で解決する政策により、女性の社会進出は進んでいくと思います。
実務家としての問題提起であり、実務家として「この様にすれば解決出来るのに」というものをまとめました。

最後までお読み下さり有り難うございました。

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