人事のブレーン社会保険労務士レポート第128号
労働基準監督官の調査と対策に当たっての心構え
1. はじめに
ブラック企業という言葉が流行っていますが、労働基準監督署もこの「ブラック企業」対策の一環として、労働基準監督官による調査を行っています。
「ブラック企業」であるかどうかは調査をしてみなければ分かりません。
昨今の調査は、私の感覚ですが、広く浅く調査を行い、重大な違反のある企業に対してはより深い調査を行う傾向があると思います。
調査のポイントは「未払い残業」と「長時間労働」です。この2点についてしっかりと調査をしてきます。どの様な事に気をつけたらいいのでしょうか。
これを今回のテーマと致します。
2. 真面目な企業でよくある事例
真面目な企業という言い方が適切であるかどうか分かりませんが、担当者の方が書籍を一生懸命読み込んで、しっかりとした労務管理の制度をつくっている会社があります。
例えば「外勤社員の賃金制度」や「定額残業制度」などの制度や「残業時間における休憩時間の付与方法」など色々工夫をされて運用をしています。
担当者の方が苦労をされて制度をつくり、運用されていても、実は法律に合致していないというケースが最近多いのです。
特に多いのは「労働時間の計算」「賃金額の算定」です。
「こうあるべきだ」という想いと実態が乖離していることが原因である様に思います。
この乖離を無くしていくにはノウハウが必要であります。
その様なケースに遭遇すると、やはり社会保険労務士をはじめとする外部の専門家の関与が必要であると痛感します。一度外部の専門家のチェックを受けることをお勧めしますが、これからお話しする方法で「労働時間の算定」や「賃金額の算定」といった諸問題はある程度解決致しますのでご参考にして下さい。
3. 労働時間の厳格な管理はどこまで求めるべきか
残業手当をしっかりと支払う為には「厳格な労働時間管理」が求められます。
無駄な残業は企業の収益を圧迫しますから当然といえば当然です。
しかし中小企業や外勤社員、支店の社員をどこまで管理出来るでしょうか。
「あるべき姿」を考えれば”厳格な労働時間管理をすべき”という結論になりますが、実態を考えるとかなり難しい作業です。
私の考えは「継続してできないことはやるべきではない」です。継続して出来ない事をやれば、社員からの信頼は失ってしまいます。
出来る事をしっかりとやることが大切です。あるべき論を追い求めるより、「何を解決したいのか」「なにをやりたいのか」を明確にすることが大事なのです。
厳格な労働管理を行うことが目的であるという人はほとんどいないでしょう。
厳格な労働時間管理によって、適正な残業手当を支払いたいというのが本音であると思います。ですから「適正な残業手当を支払う」ということが目的であり、必要以上の残業手当を支払うということを解決したいわけです。
「何を解決したいのか」「なにをやりたいのか」という考え方がとても重要なのです。
4. 適切な残業手当を支払う
適切な残業手当を支払うということは言い換えれば、「人件費の予算内で残業手当を支払いたい」とも言えるでしょう。
ここで登場してくるのが「定額残業」という制度です。残業手当を人件費の予算内でおさめる為には定額残業制度が最も適した制度です。
この定額残業時間の設定をしっかりとすればいいのです。
厳格な労働時間管理によって導き出される残業時間の設定ではなく、現状の労働時間管理によって導き出される残業時間で設定をすればいいのです。
こうすることにより厳格な労働時間管理を行わなくても「人件費の予算内で残業手当を支払いたい」という目的は達成出来るのです。
あるべき論ではなく、如何に実態に合わせた「制度づくり」や「法律の解釈」を行うかが重要なのです。
しかし、現状の労働時間管理によって導き出される残業時間が多すぎて、定額残業制度では全額まかなえないという事もあります。
新卒者などで賃金額が低い場合とか、拘束時間が長い場合などが考えられます。
この場合にはどの様にしていけばいいのでしょうか。
5. 休憩を掘り起こす
一日30分の労働時間が短縮された場合、20日労働では10時間短縮されます。
厳格な労働時間管理は難しくても、最低限の休憩時間の把握に努める。これはやるべきだと思います。
一日8時間休憩することなく働く社員はどれだけいるでしょうか。喫煙や談笑など「実態そして休憩」である時間を掘り起こすのです。これによって労働時間を短くしていくのです。
この休憩時間の把握をしっかりとすることにより、労働時間がしっかりと管理出来る組織になってくるのです。
いきなり厳格な労働時間の管理などできません。ひとつひとつ階段を上るように進めていかなくてはいけません。
6. まとめ
この様にしていけば、厳格な労働時間管理ができなくても「人件費の予算内で残業手当を支払いたい」という目的は達成出来るのです。
人事に限らず財務などの同様なのでしょうが、「あるべき姿」を追い求めることにより「本来の目的」を見失うことになってしまうケースが多々あります。
「何を解決したいのか」「何をやりたいのか」。法律には多様な学説があります。
この事は「解釈する人の意思により、その解釈は変わってくる」ということです。
何より大事なのは「知識量」ではなく、当事者の「意思」なのです。
教科書に答えは書いてありません。皆様の気持ちの中に「答え」があるのです。
それを実現するために「知識」と「経験」をつかっていくのです。
小手先ではなく、本質的な問題の解決のためにしっかりと対策を立てていただきたいと思います。