人事のブレーン社会保険労務士レポート第123号
日本年金機構からの「最終届出指導」について
1. はじめに
日本年金機構から社会保険未加入企業宛に「最終届出指導」という通知が来ています。
全ての未加入企業ではなく、ランダムに抽出し、順次発送している様です。
いうまでもありませんが、法人にとって社会保険は強制加入です。
しかし、その負担額の多さから、資金的に余裕が出てから加入するという運用がなされていました。
行政と企業の間で、この様ないわゆる「あうん」の間合いがあって、行政の柔軟な対応により設立間もない企業などは大変に助かっていました。
しかしこの「あうん」が裁量行政であると批判され、法律通りの適用がなされる様になりました。
我が国の社会には「あうん」というのが有効に機能していると思います。
法律の運用にもこの「あうん」というものが取り入れられています。
法律通り、厳格に運用をするということは一面正しいのですが、我が国の法律は「あうん」という文化を前提としてつくられ、行政と民間人との間に「あうんの呼吸」で法律の適用を柔軟にしていこうという文化があるのではないかと思います。
例として適切かどうか分かりませんが、刑事訴訟法第475条2項で「死刑確定判決後6ヶ月以内に法務大臣が執行を命令しなければならない」とされていますが、死刑についてはこの法律通り運用はされていません。
私見ですが、我が国の法律は「あうん」という文化により、行政の柔軟な対応を前提とした立法がなされていると思います。
厚生年金法、健康保険法についてもこの例外ではなく、行政と企業との間に「あうん」の呼吸が今まではあったと思うのです。
2. 最終届出指導書の記載内容
「最終届出指導」と題する通知にはどの様な内容が書かれているのでしょうか。
以下が記載内容です。
厚生年金保険・健康保険は、労働者の医療保障及び所得保障のために極めて重要な役割を担うものであり、法人事業所は法律により加入が義務づけられております。
貴事業所におかれましては、社会保険の加入手続きをされるようにお願いをしてきたところですが、未だもって加入の手続きがなされておりません。
このまま加入手続きがなされない場合には、自主的な届出の意思が無いものと判断し立入検査により、職権にて未適用の状況を解消せざるを得ないこととなります。
(健康保険法第百九十八条・厚生年金法第百条「立入検査権」)
また立入検査に応じない場合には、罰則が適用される可能性がございますので、予めご承知おきください。
(健康保険法第二百八条・厚生年金法第百二条第一項第5号「事業主への罰則」)
立入検査後は、確認できる範囲で最大2年間遡って加入となるため、保険料も2年分遡及発生します。
自主的に届出を頂ければ加入年月日より保険料が発生いたします。
以上です。
3. 具体的な内容
具体的には、健康保険や厚生年金の立入検査を拒んだり、虚偽の報告をした場合には「6月以下の懲役又は50万円以下の罰金」という罰則をもって対応しますという内容。
また、立入検査前の「今」「自主的」に加入手続きを行えば、将来に向かってしか保険料を発生させません。しかし立入検査を行った場合には、保険料の時効である2年を遡って遡及適用し、保険料を2年分徴収しますという内容です。
どこまで本気であるかは分かりませんが、今までの様な「柔軟な対応」とは決別し、「法の厳格な適用」を行うという宣言であると思います。
4.対策
具体的な対策は「社会保険料の予算化」しかありません。
賃金の昇給額を抑えたり、賞与で調整して、賃金額と社会保険料の会社負担分が総人件費の範囲内に収まる様な賃金制度を考えて行くことにより対応せざるを得ません。
急に賃金の調整をする事は出来ませんから、社会保険の加入には数年の年月をかけて、賃金額を調整したり、その他の経費を調整することで社会保険料が納付出来る財務体質をつくっていく作業をしていました。
今回の「最終届出指導」は、ほぼ一月以内に手続きをする様にという内容です。
社会保険料を払える様な財務体質をつくる暇はありません。
ここが頭の痛いところです。
そもそも「任意加入的運用」から「法の厳格な適用」にルールを変えたのですから、一定程度の猶予期間は必要です。
派遣会社に対する当時の社会保険事務所の調査でもお話をしたのですが、上から指導をしないと中小企業は対応出来ません。
上とは「元請け」や「発注者」です。
社会保険に入る簡単な方法は、社会保険料の企業負担分を価格転嫁できることです。
派遣会社の場合、派遣会社に調査を行うのでは無く、派遣先企業に調査を行ってもらうことで、派遣会社は「社会保険加入の負担増」を理由に単価交渉が出来る余地が出来ました。
この配慮は絶対に必要なのです。
例えば建設業の二次請け、三次請け企業にもこの文書は来ています。
元請け、一次請けから指導をして、いよいよ二次請け、三次請けにも来たかという流れをつくらなければ中小企業はやっていけません。
法の厳格な運用を否定するわけではありません。
ただこの様な配慮に欠けた対応では、中小企業いじめになってしまうだけです。
大手は社員のボーナス増のニュースに沸いていますが、中小企業はなかなか恩恵が受けられないばかりか、最低賃金の上昇など、価格転嫁できない負担増で苦しんでいます。
ちょっとした配慮で、中小企業が価格転嫁しやすい環境整備も併せてお願いしたいと切に思います。