人事のブレーン社会保険労務士レポート第207号
濃厚接触者の賃金について
1.はじめに
新型コロナウイルスが11月に入りPCR陽性者が増えてきて、陽性者や濃厚接触者が増えております。
再度、賃金の取り扱いについて整理していきたいと思います。
2.PCR陽性者
PCR陽性者とはPCR検査で陽性になった方です。陽性者と感染者の定義は違うようですが、我が国はこの陽性者を感染者とし、症状のある感染者を患者と無症状である感染者を無症状病原体保有者として扱っています。
無症状であっても感染者として扱われますので、ここがインフルエンザをはじめとする感染症との違いになります。
この患者と無症状病原体保有者については感染症法18条1項の規定により、当該者又はその保護者に、当該感染症の蔓延を防止するために厚生労働省令により定める事項を書面で通知することができるとされています。この通知を受けた患者又は無症状病原体保有者は、感染症を公衆に蔓延させる恐れがある業務として感染症ごとに厚生労働省令に定める業務に、その恐れがかくなるまでの期間として、感染症ごとに厚生労働省令に定める期間従事してはならないとなっています。
ですからPCR陽性者はこの「患者」又は「無症状病原体保有者」に該当するので、新型コロナウイルスとして厚生労働省令で定められた期間の就業を禁止されるのです。
これによって休業する場合には使用者の責めに帰すべき事由になりませんので、労働基準法第26条による休業手当を支払う必要はありません。
3.PCR陰性者の発熱患者
発熱があり、PCR陽性である場合にはどうしたらいいのでしょうかというご質問が多いです。
これは労働基準法の範疇ではなく、そもそも発熱したら会社を休んで休養を取るべきです。風邪は万病のもと。風邪の症状がでたら体調がわるいという体からのメッセージですから、休むことが大切になります。
厚生労働省のQ&Aでは、発熱をもって一律に休業を求める場合には労働基準法26条の休業手当を支払う必要がありますとの回答がありますが、これは間違いです。
厚生労働省は発熱患者を本人が出勤したいという意思であれば出勤させろという主旨にとられてしまいます。
発熱したら安静にして風邪をこじらせないことが大事なわけで、体調の悪い労働者は休むように指示することは労働安全衛生法からも要請されており、それをもって休業手当を支払わなければならないということは誤った解釈です。
休業手当を支払う必要はありません。
4.濃厚接触者
濃厚接触者の取り扱いについては頭が痛いです。濃厚接触者であってもPCR陽性者であれば、症状がなくても無症状病原体保有者になりますから就業禁止になり休業手当の支払いの必要はありません。
しかしPCR陰性である濃厚接触者は患者でもなく無症状病原体保有者でもありませんから、就業禁止とはなりません。
一定期間の健康観察期間が設けられ、自主隔離の要請がなされているだけなのです。
要請されている自主隔離だから、本人が出勤したいといった場合には、それを拒むと「使用者の責めに帰すべき事由」となり、休業手当を支払う必要があるのではないかという疑問が生じます。
労働安全衛生法第68条では「伝染性の疾病その他の疾病で、厚生労働省令で定めるものにかかった労働者については、厚生労働省令の定めるところにより、その就業を禁止しなければならない」としており、安衛則第61条第1項第1号では「病毒伝播の恐れのある伝染性の疾病にかかったもの」の就業を禁止することが義務付けられております。
争点は「濃厚接触者は病毒伝播の恐れのある伝染性の疾病にかかったもの」に該当するかどうかです。
そもそも無症状病原体保有者を隔離し、PCR陰性者である濃厚接触者の行動を著しく制限するほどの対策を取らざるを得ないウイルスであると政府がきめているのです。「病毒伝播の恐れがある」との認識がなければこのような措置は取りません。
同じような感染症としてインフルエンザウイルスがありますが、インフルエンザウイルスでは無症状病原体保有者や濃厚接触者について何ら規制がありません。
新型コロナウイルスについてはこの様な人権を著しく制約する措置をとっている以上「病毒伝播のおそれがある」と判断できますし、健康観察期間については「疾病にかかったもの」に準じた扱いになっているわけですから濃厚接触者については労働基準法第26条の規定による休業手当の支給対象外として考えることが妥当といえます。
新型コロナウイルスがインフルエンザウイルスと同等の扱いになった場合には、休業手当の支払いの必要が生じますが、現在の感染症の分類では濃厚接触者について「使用者の責めに帰すべき事由」で休業させていると解釈することは無理があります。
ただし、安衛則第61条第1項第1号但し書きで「伝播予防の措置をした場合にはこの限りではない」とされています。
濃厚接触者を出社させないことについては「使用者の責めにすべき事由」に直ちになるわけではありません。
しかし自宅において健康観察期間中に業務ができる場合にはどうなのでしょうか。
患者でも無症状病原体保有者でもありませんから元気なはずです。
体調が悪く「債務の本旨に合った労務の提供」ができない状態でもありません。
あくまで他人と接触することで「病毒伝播のおそれがある」だけです。
在宅勤務が可能であれば労働安全衛生法上も問題がないわけです。ですから在宅勤務が可能な場合には、在宅勤務をさせる必要があります。
しかし在宅でできる業務がない場合にはこの限りではありません。
介護や医療といった出社しなければできない業務や個人情報や企業機密を多く取り扱い在宅で業務ができない場合などが想定されます。
また事務の量が少なくて、在宅で事務を行った場合でも一時間で終わってしまうという場合もあるでしょう。
この様に在宅で勤務ができる場合には在宅で勤務させて通常の賃金を支払う必要がありますが、在宅で勤務できない場合には業務ができないわけですから「使用者の責めに帰すべき事由」とはならず、労働基準法第26条による休業手当の必要がないということとなります。
5.まとめ
新型コロナウイルスの評価については様々なものがありますが、現在の感染症法上の取り扱いではエボラ出血熱をはじめそれらの感染症と同様のリスクがあるとしているわけです。
私は医師でもウイルス学者でもありませんからこの議論には踏み込みません。しかし労務管理上ではこの感染症法上の取り扱いを踏まえて対策をする必要があります。
いわゆる2類相当の取り扱いである以上、濃厚接触者の扱いについても「極めて毒性の強いウイルスに罹患している可能性のあるもの」という定義に基づいて実務をしなければならず、この濃厚接触者を休業させることが使用者の責めに帰すべき事由と解釈される余地はないものと考えます。
濃厚接触者については本人の意思に委ねるという政策をとるのであれば感染症法上の扱いを変えることで解決するしかありません。
コロナ禍で経営状況が大変厳しい中で企業の負担を増やしていくことは難しいです。
濃厚接触者で健康観察期間のものに対しては、傷病手当金の準じた救済制度を設けることが筋であると考えます。