教育訓練の限界と「見切る」という仕事
1. 解雇を通知するタイミング
「問題ある社員にいつ解雇の話をしたらいいのだろうか・・・」この様なご相談をよく受けます。
能力不足であるとか、協調性が無い社員を解雇するには、始末書をとり、しっかりと注意をした記録をとり、処分を積み重ねてから解雇をする。
これは教科書に書いてある方法です。
教科書的な話をするつもりはありません。文書にするのであれば、教科書的な内容になってしまいますが、解雇の実務に携わっていると教科書通りの対応では解決出来ません。
この解雇実務のノウハウについては誌面でお伝え出来ないことが残念です。
能力不足や協調性の無い社員については、以下「問題社員」としてお話しします。
2. 上司に報告するタイミングは
職場で行う仕事とは、お客様に対するものと内部に対するものがあります。内部に対するものの仕事のうち、教育訓練は非常に重要なものであります。
入社してすぐに力を発揮出来る社員は少数です。
多数の社員は入社をして教育訓練を積み重ねながら一人前になってきます。
「社内のルールの教育・・・協調性」「業務内容の教育・・・業務遂行能力」といった様に、教育をして社内で能力を十分に発揮してもらえるように企業も努力をしていきます。
しかし通常の教育訓練では一人前になれない社員も少なからずいます。
この様な場合、上司や同僚が苦労をして一人前にする努力をするでしょう。
その社員を一人前にしたいという想いがあっても、本人の気持ちの問題や能力の問題で一人前になれない場合があります。
「見切る」ということは心情的に出来ないという人がいても、組織としてはどこかで「見切る」ことが必要なのです。
3. 「見切る」ということ
「見切る」とはどういうことでしょう。人事管理的には二段階に分かれていると思います。
第一段階は「自分の手から離す」ということ。支店や課といった単位では対応出来ないという意思表示をすることです。
通常の教育訓練では対応出来ない場合には速やかに上位部署に報告をするということが大切なのです。
「一人前にする努力」は大切です。それを否定するわけではありません。問題社員を採用したのも、その部署に配置したのも会社です。部署の責任から会社の責任に移行するタイミングが第一段階の「見切る」という作業です。
4. 「見切り」が遅くなるとどうなるのか
(1)お客様の観点
一人前にする努力を粘り強く重ねても、なかなか成果が出ない。教育訓練だけが仕事ではありません。お客様に対するサービスを維持しながら教育訓練を行う事は大変です。
「見切り」が遅くなると、この本業であるお客様へのサービスに影響が出てくる可能性があります。
問題社員がお客様に対応することにより、どの様な結果となっているのかも検討する必要があります。
(2)経費の観点
教育訓練を積み重ねて、その記録をとり、注意をして、それでもなお結果が出なければ処分をして・・・。この様な教科書的な対応を延々としているとどうでしょう。
この問題社員に年間300万円支払っているとしましょう。
上位部署への報告が遅れ、1年、2年と経過すると300万円、600万円とその問題社員に支払う賃金が増えてしまいます。
部署内で「一人前にしようという努力」を積み重ねることにより、この賃金額が増加してしまいます。
「見切る」のは可哀想という気持ちで上位部署への報告が遅れれば、この経費は増えていくのです。
(3)生産性の観点
経費だけではなく、他の社員がフォローすることにより組織の生産性が低下することは間違いないでしょう。
「人が足りないから」「面倒だから」といって対応が遅れてしまうと、経費だけではなく、生産性が落ちてしまいます。協調性に問題のある社員の場合には、他の社員が退職してしまうというリスクもあるのです。
部署の責任者は、その部署内の人事管理の責任者でもあります。経費の観点、そしてお客様の観点、生産性の観点からも適切な時期に第一段階の「見切り」をして、上位部署に対応を委ねるということが大切なのです。
5. 上位部署の対応
中小企業では、この上位部署は社長というケースが多いでしょう。
第2段階の「見切る」は、組織として「教育訓練を断念する」ということです。
これは「解雇」を視野に入れて対応するということです。
この第2段階の「見切り」である「解雇」については、「客観的、合理的な理由が有り、社会通念上相当と認められる場合」ではないと認められないことはいうまでもありません。
上位部署での教育訓練も限界であると判断した場合には、外部の専門家と連携して対応すべきであると考えます。
6.まとめ
教育訓練の限界という問題は、責任感の強い管理職が「自分の能力がない」「自分が頑張ればいいのではないか」と考えて自分自身で背負ってしまうという事でもあります。
また、部署内で問題社員を出すことで、責任を追求されたくないという管理職も少なからずいるでしょう。
しかし、問題社員の存在により「お客様からのクレーム」や「職場の雰囲気が悪化した事による他の社員の退職」という問題を起こさせない体制づくりが重要です。
その為には管理職にこの原稿で書いたことを理解してもらい、問題社員の対応というのは企業をあげてする事であるという意識を持ってもらう必要があります。
同時に経営者は、問題社員の対応は部署の問題ではなく、企業をあげて取り組むべき問題という認識が必要になります。
このどちらが欠けても問題社員の対応は上手くいきませんし、良好な組織風土をつくることが出来ません。
「見切る」ということの意義をご理解頂いた上で、適切な時期に適切な対応が出来る組織づくりのお役に立てればと思い、今回のテーマとしました。
「初出:週刊帝国ニュース東京多摩版 知っておきたい人事の知識 第49回 No.886 2014.1.28号」