平成26年版最低賃金改正
1. はじめに
(1)最低賃金額と生活保護費
平成26年の東京都の地域別最低賃金が869円から19円引き上げられて888円になりました。経済状況が厳しい中、これほど引き上げられることは中小企業にとって大変にきついことです。
最低賃金額の決定は生活保護をベンチマークとして決定しますから、生活保護費の上昇が最低賃金の引き上げ要因になります、まず生活保護費の水準が妥当かどうかの議論を行い、最低賃金額を決定すべきなのですが、生活保護費が妥当であるという前提で最低賃金額が決定されているということが大きな問題なのです。
生活保護費が妥当であるのかどうかは今回のテーマではありませんので、皆さんがご判断していただければと思います。
(2)残業手当と生活保護費
我が国の賃金制度は、残業を前提に設計されている企業がほとんどです。残業をしないで生活している労働者はほとんどいないといっても過言ではないでしょう。
この残業手当も労働者は生活費として組み入れているわけです。所定労働時間に対する賃金である所定内賃金ではなく、残業手当を含めた賃金額を生活保護費との比較をしなければ、正しい最低賃金額を導き出せません。所定内賃金と生活保護費を比較するがために、非常に高い水準で最低賃金額が決定されるのです。
ある労働基準監督官も、この最低賃金の上昇については、中小企業は限界に近付いていることは認識しており、政府の対応が望まれます。
(3)最低賃金額で働いている労働者ってどれだけいるの?
「最低賃金で働いている労働者なんていないでしょ?」というご質問を受けますが、結構身近にいるのです。
今回はここを掘り下げて、最低賃金の問題を明らかにして、平成26年度の金額の検討をしていきたいと思います。
2.最低賃金で働いている職種とは
(1)拘束時間と最低賃金
残業手当を支給するためには、残業手当を予算化しなければなりません。残業手当を予算化するためには、基本給などを低くして、残業手当を支払っても予算内で済む仕組みをつくらなくてはなりません。
残業手当は変動的な賃金ですから、残業が少ない時期は、賃金額が低くなり労働者の生活の安定が脅かされてしまいます。それを防止するために定額残業制度の導入を図っていくべきであるという考えは拙書「社長!残業手当の悩みはこれで解決」でもご案内している通りです。
拘束時間の長い業種については、その拘束時間の途中にある休憩時間を正確に記録することは困難です。結果として「拘束時間=労働時間」となってしまい、長時間労働として捉えられてしまうのです。
例えばスーパーマーケット。ここでは鮮魚や精肉、惣菜などの部門があります。
開店前から仕込みを始めて閉店まで魚をさばいているわけではありません。
朝さばいた魚の売れる具合をみながら、次の仕込みのタイミングを図っています。
この時間には喫煙など労働者の自由に使える時間があり、休憩として取り扱っても法的に問題がない時間がたくさんあります。しかし、一回の休憩が短くて回数が多いなど把握が困難です。休憩時間の把握が困難な結果、休憩をとった証拠がないということで、拘束時間が労働時間とされてしまうのです。
このような労働時間管理体制を取らざるを得ない代表的な業種には、小売業、外食業、運送業、建設業などがあります。休憩時間を含めて労働時間として考えるために 「休憩時間+実際の労働時間=労働時間=拘束時間」となってしまい、残業時間が見かけ上多くなってしまうのです。
色々な労働時間管理方法を試みましたが、細かい休憩を記録するための労力は大きく、なかなか実践できません。
企業として未払い賃金のリスクを無くすためには「休憩の把握」につとめるよりも、管理が出来ないという前提で、休憩時間を含めた拘束時間に対して定額残業手当を設定することが現実的な問題の解決につながるわけです。
このような対策の結果、拘束時間が長い業種は定額残業部分が多くなり、結果として基本給が低くなってしまいます。このことにより最低賃金ギリギリの基本給設定になってしまうのです。
(2)価格転嫁と最低賃金
最低賃金の上昇した金額を賃金額に上乗せできるのであれば、基本給を最低賃金ギリギリに設定しなくてもいい可能性があります。しかし、実際には最低賃金が上昇したコストを価格転嫁することは困難です。原油が高騰し、原材料価格が高くなっています。そして消費税率の引き上げ。そのコストでさえ価格転嫁できていないわけですから、とても最低賃金の上昇分を価格転嫁することはできません。
最低賃金を引き上げるということは、消費者にとって購買価格が上がるということ。
購買価格が上昇しないのは、中小企業が歯を食いしばって頑張っているということを認識してもらいたいと思います。
(3)子供のお小遣いが増えてお父さんのお小遣いが減る
高校生のアルバイトでも東京都においては888円の時給を支払わなければなりません。
前述の通り価格転嫁できませんから、熟練したパートタイマーの時給まで上げる体力は企業にはありません。高校生のアルバイトと、10年働いている親世代のパートタイマーの賃金格差がつけにくいという事態になっています。
土日に出勤したアルバイトに50円から100円割り増しする制度を設けている企業もありますが、平日の時給より土日の高校生の時給が高くなってしまうという事態も発生してしまっているのです。
さらに、熟練していないアルバイトの時給を上げなければなりませんから、総人件費を抑えるために正規社員の賞与をカットする企業も増えています。
最低賃金の上昇の結果、高校生のアルバイトのお小遣いは増えて、お父さんのお小遣いは減ってしまうという事態になっているのです。
3.まとめ
「拘束時間における休憩時間を把握することの困難さ」と「最低賃金が上昇したコストの価格転嫁の困難さ」により小売業、外食業、運送業、建設業などでは最低賃金額で働くようにみえる労働者がたくさんいます。しかし拘束時間が長く、途中の休憩時間の把握が困難な結果そのようになっているわけです。
この点をしっかりと理解され、最低賃金の問題を考えていただきたいと思います。
「初出:週刊帝国ニュース東京多摩版 知っておきたい人事の知識 第57回 2014.9.30号」