マイナンバー制度導入で、驚くほど増える企業の負担
1. マイナンバー制度とは
平成28年1月よりマイナンバー制度の運用が始まります。
マイナンバー制度とは、住民登録をしている人、具体的には住民票コードが住民票に記載されている日本国籍を持つ者、および中長期滞在者、特別永住者等の外国人住民と法人に番号を付け、その番号で税務や社会保障などを管理していく制度です。ただし、日本人であっても海外に在住している場合には対象となりません。
個人には市町村長により12桁の個人番号、法人には国税庁長官より13桁の法人番号が付番されます。この制度を導入することにより、住民基本台帳の情報などをマイナンバーにリンクさせ、税務申告や社会保険の手続きなどがスムーズに行えるようになります。税金の申告書類にマイナンバーの記載を義務づけることにより、税務署はその人の所得の全体像を把握することが容易になります。
年金関係の書類にマイナンバーを記載することにより、その人の年金保険料が未納であることが把握でき、保険料徴収事務が軽減します。医療費の請求も、重複した投薬や治療が管理でき、医療費の抑制につなげることができるでしょう。
マイナンバー制度とは、一言で言えば「行政効率を高めるための制度」です。
複数の手続きをまとめたり、添付書類を省略したり、電子申請にも対応しやすい制度です。
しかし、これらの情報をマイナンバーにリンクすることにより、個人情報の流出や悪用といったリスクが大きくなります。
国会審議ではここに議論の多くを割かれ、マイナンバーの管理を徹底することが法律に記載されました。結果として、企業は非常に厳しい管理を求められています。納税者として、マイナンバーにより行政効率を上げるよりも、今までのやり方のほうが良いと思われる方もいるでしょう。
厚生労働省関係の政策は、企業にコストを押しつけるものが多いのですが、マイナンバーについても同様です。
今まで行政が責任を持って行っていた「本人である」という確認作業を、企業が労働者からマイナンバーを取得する課程の中で行うこととなります。
2.マイナンバー制度導入により、企業がやるべき負担
(1)特定個人情報の取得
マイナンバーというのは個人情報の塊です。
絶対に「知るべき立場にない人に漏らしてはならない」というのがマイナンバーの考え方です。
これだけ聞くと当たり前だと思われるでしょう。
しかし、企業側の負担は非常に大きいのです。
年末調整の際に必要となる扶養異動申告書。総務担当者が「早く出して」と言っても、 なかなか出してくれず苦労されている方も多いでしょう。担当者がいない時に、机の上に置いていくという従業員もたくさんいます。
しかし、このような提出の仕方はマイナンバー制度が導入されると出来なくなってしまいます。扶養異動申告書にマイナンバーが記載されますと、この書類は「特定個人情報」となり、厳格に管理しなければなりません。
総務担当者が直接受け取るか、鍵付きのポストなどを設置して回収することも考えなければなりません。子供が産まれて健康保険の扶養に入れる時も同じです。
子供にもマイナンバーが付番されますから、子供の名前と生年月日などをメモで貰う場合にマイナンバーも教えて貰わなければなりません。これも「特定個人情報」となりますので総務担当者の机に“ポン”と置いておくわけにはいかないのです。
企業にとっては、これだけでも大きな負担なのですが、これだけではありません。
(2)本人確認をしなければならない
マイナンバー取得の際には、本当に本人かどうかの確認をしなければなりません。自社の従業員に対して「この人は本当に山本法史さんだろうか」などと疑問に思い、接することはまず無いと思います。しかし、マイナンバー制度はそのように疑い、その都度確認することが求められています。「あなたのマイナンバーはこれですよ」という通知は平成27年中に来る予定です。
希望者は平成28年1月以降、市町村役場において番号カードを作ることができます。
この番号カードは写真付きで、このカード一枚で本人確認ができます。
このカードがない場合には、マイナンバーの通知書と合わせて本人確認書類が必要になります。運転免許証やパスポートなどの顔写真入りの証明書があれば、これで本人確認ができます。
しかし、持っていない人も大勢います。幼児などは持っていない人が多いでしょう。
この場合には、健康保険証や国民健康保険証などの証明書1種類と、住民票などのもう1種類の2種類の書類で本人確認をしなければなりません。
この実務が大変になってきます。
この本人確認は、原則として手続き毎に行わなければなりません。
これもまた大変な実務です
(3)特定個人情報の管理
マイナンバーが記載されている書類は「特定個人情報」として、個人情報保護法よりも厳しい管理が求められます。本人の同意があったとしても、法に定める範囲以外の第三者提供は禁止されています。
マイナンバーは取得の際に、従業員に明示した内容以外に使えません。取得の際、年末調整で使うと明示した場合、健康保険の手続きでは使えません。健康保険の手続きで使う場合には、改めて取得の手続きを行わなければならないのです。
マイナンバーを取得する際には、企業として何に使うのか、もれなく明示する必要があるのです。
マイナンバーを記載した書類やファイルは、それを閲覧できる権限を持った人しか見ることができないようにする必要があります。総務担当者の机でマイナンバーを取り扱う場合、他の人が見ることができないようにパーテーションで囲うなどの
物理的な管理も求められています。
「マイナンバーを取得する範囲」「マイナンバーを取り扱う人の範囲」「マイナンバーを取り扱う人の教育」「マイナンバーを取り扱う空間を分けるなどの物理的な措置」
「マイナンバーが流出しないような情報システムの構築と管理」「マイナンバーを取り扱う社内ルールの規定化」など企業がやるべき事がたくさんあります。果たしてどれだけの企業でこれらに対応できるのでしょうか。
非常に事務負担が大きい制度なのです。
(4)特定個人情報の破棄~目的外保管にならないために~
マイナンバーが記載されている書類やファイルは手続きが終われば破棄しなければなりません。マイナンバーは目的外保管が禁止されており、企業実務上必要であっても、法令上必要でなければマイナンバーを保管していては法律違反になってしまいます。
法律上また必要になったら、再度取得して下さいというのがマイナンバーの考え方なのです。
具体的には書類の保管期限、例えば扶養異動申告書は7年、社会保険の取得手続き書類は2年、雇用保険の手続き書類は4年といった保管期限が過ぎた場合には、その書類やデータを破棄しなければ法律違反になってしまいます。
その書類をどうしても保管する必要がある場合には、マイナンバーが記載されている箇所を複製できないような形で消して、保管する必要があるのです。
書類の法定保存期限を管理し、その都度破棄しなければなりません。企業にとって非常に大きな負担となります。
3.まとめ
今回はマイナンバー制度の概要をお話ししましたが、ガイドラインを掘り下げたものを年内にまとめたいと思います。
社会保障関係の運用がどうなるのか。果たして間に合うのか、ということも含めて厚生労働省が準備をしているようです。
国会審議の中では、マイナンバーの流出という点に大きく時間が割かれて、企業や健康保険組合などの手続きのことを考えてくれていません。こんな事務が果たしてできるのであろうか。私の率直な感想です。
本人確認の問題は、個人的には健康保険法、厚生年金保険法、国民年金法、雇用保険法及び労災保険法を改正しなければ対応できないと思っています。理念先行で実務を全く無視した制度ですので、混乱が生じると思います。
行政効率のために企業が背負うコストやリスクは大変に大きいのです。現在は広報不足ということもあって、問題が大きくなっておりません。
しかし、直前になって混乱することは目に見えており、企業としてしっかりと準備しておく必要があります。厚生労働省関係の内容が明らかになりましたら、また取り上げたいと思います。参考にして頂ければ幸いです。