人事のブレーン社会保険労務士レポート第206号
最高裁判例から見た同一価値労働同一賃金の原則
1.はじめに
同一価値労働同一賃金の原則について最高裁判所の判断がなされてきて、どこまでが許容されるのか。どこを気を付けなければいけないのかがだんだんと分かるようになりました。
今回は最高裁判例から見る同一価値労働同一賃金の原則をお話ししたいと思います。
賞与・退職金とその他の手当について分けてお話ししたいと思います。
そもそも我が国において欧米のように「自分の仕事の範囲」が決まっているものではなく、阿吽の呼吸の中でお互い助け合いながら組織運営をしていく文化であります。
また、正社員については有形無形の責任を負っており、それは言い換えると言語化されていない雰囲気や同調圧力など、独特の雰囲気等で精神的な責任を負っているという仕組みであったと思います。
労働とは、宗教や慣習によりその価値観が決まりますので、日本的な労働慣行の中で同一価値労働同一賃金の原則を欧米的な価値観で判断することは実態に合わないと考えております。
しかし非正規社員が働きやすい環境を整えるという点に異論はなく、どの様に我が国の労働慣行の中で、その目的が達成されるかという議論になってきます。
その点において今回の最高裁の判断は概ね妥当であると考えます。
2.賞与及び退職金について
賞与や退職金といった金額の大きなものについては企業の裁量を大きく認める判断となりました。
(1)賞与
最高裁の判断では、賞与については有期労働者と無期労働者に賞与支給の相違があっても、賞与以外の労働条件の相違と同様に、当該賞与の性質これを支給することとされた目的を踏まえて職務内容やその他の事情を含めた健全な衡量を求めており、それらを総合的に踏まえてその相違が不合理か判断すべきとしています。
大阪医科薬科大学事件では、賞与は算定期間の労務の対価の後払いや一律の功労報償、将来の労働意欲の向上等の趣旨を含むものと認められるが、その目的は概ね業務の内容の難度や責任の程度が高く、人材の育成や活用を目的とした人事異動が行われていた正社員としての職務を遂行し得る人材の確保と定着等にあるとし、原告が比較対象とした教室勤務の正職員と原告の職務内容には一定の相違があり、正職員には業務命令による配転の可能性もあった。このような点を考えると、原告の年間の賃金総額が新規採用の正職員の基本給及び賞与の合計額の55%程度にとどまっていたとしてもこの賞与の際については合理性があると判断しました。
また、メトロコマース事件についても、一般に賞与は月例賃金とは別に支給される一時金であり、対象期間中の労務の対価の後払い、功労報償、生活補償、従業員の意欲向上など様々な趣旨を含みうる。これをいかなる趣旨で支給するか、従業員の年間賃金のうち賞与として支給する部分を設けるか、いかなる割合を賞与とするのか等は使用者の経営及び人事施策上の裁量判断による。
賞与の性格を踏まえ、長期雇用を前提とする正社員に対し賞与の支給を手厚くすることにより有為な人材の獲得・定着を図るという被告の人事施策上の目的には一定の合理性がある。被告の賞与制度は、正社員個人の業績を反映させたものではなく、主として対象期間中の労務の対価の後払い、従業員の意欲向上等の目的を帯びているとみるのが相当であるが、原告の契約社員Bという身分は一年ごとに契約更新がなされ時間給を原則としており、賞与部分に大幅な労務の対価を予定しているとはいえない。比較対象の正社員は地下鉄の構内で売店業務に従事しており、それは会社再編により正社員資格を契約社員資格に切り替えたり、正社員資格を失わせることができなかった経緯から、企業再編前に正社員として支給されていた賃金を大幅に引き下げることができず、勤務条件についても労使交渉が行われた。被告は新聞等の売り上げ低下からコンビニ型店舗に転換され、経費の節減が求められており、その相違を直ちに不合理とは評価できないとしました。
(2)退職金
メトロコマース事件では、賞与の判断と同様に労働条件の相違が不合理と評価することができるかどうかを検討すべきとし、退職金の算定基礎となる本給は、年齢により定められる部分と職務遂行能力に応じた資格と号俸により定められる職能給の性質を有する部分からなっている。これは正社員としての職務遂行能力や責任の程度等を踏まえた労務の対価の後払いや継続的な勤務等に対する功労報償等の複合的な性質を有するものであり、被告は正社員としての職務遂行をし得る人材の確保やその定着を図る目的から、様々な部署等で継続的に就労することが期待される正社員に対し退職金を支給することとしたものといえる。また、被告は契約社員Bから契約社員Aへの登用試験、契約社員Aから正社員への登用試験があり、一定数の合格者をだしている。契約社員Bが更新を前提に契約がなされ65歳定年が就業規則に記載されているので、短期雇用を前提とした制度であるとは言えないが、正社員と職務の相違があり、職種変更することができる登用制度が存在することを踏まえると、両者の間に労働条件の相違があることが不合理であるとまで評価できないとしました。
(3)まとめ
2つの事件ともに正社員への登用制度があったこと、職務の相違があったことが大きかったといえます。
また、大阪医科薬科大学事件では研究室に配属されている職員を正社員から非正規社員に切り替えている途中であること、メトロコマース事件では会社再編により正社員として駅構内での販売員を受け入れざるを得ず、労働条件を引き下げることもできないという特殊な条件があり、その正社員と比較していることなどの特殊要因があったことも事実です。
職務の相違をしっかりとすることが大事であるといえます。
3.諸手当
(1)病気休職制度・休職有給制度
病気休職制度については長期勤務が期待される正社員の雇用継続を図り、継続的な勤務を確保するということに目的があり、そのための制度導入という使用者の経営判断も尊重できるが、そうであれば原告らのように反復更新して相応に継続的な雇用が見込まれる時給制契約社員にも与えなければ不合理であるとしました。
一方で大阪医科薬科大学事件では、賞与と同様な理由でアルバイト職員の病気休職の有給制度適用については、適用しないことに不合理がないとされております。
(2)夏季休暇
夏季休暇がないことについては、正社員の夏季休暇は3月4月の繁忙期の代替的な制度であるという点は否定し、夏の暑い時期の体力的負荷軽減のための制度であるとし、夏休みがないことは不合理であると大阪高裁が判断し、これについては最高裁では争いませんでした。
(3)住宅手当
メトロコマース事件で争われた内容で、扶養者の有無により支給額が決められており、実際に住宅費を負担しているか否かを問わずに支給されていることから職務内容に関係のない福利厚生及び生活の保障の趣旨で支給されるものであるとしました。また、正社員も転居を伴う転勤は予定されておらず、正社員が契約社員Bと比較して住宅費が多くなるといった事情もない。この点から不合理性があると判断しました。
(4)扶養手当
日本郵便大阪事件で争われた内容で、継続的な雇用が見込まれる社員に対して支給することは使用者の経営判断として尊重されるが、有期契約が反復更新され、相応に継続的な勤務が見込まれる契約社員に扶養手当を支給しないことは不合理であると判断しました。
4.まとめ
待遇の格差についてしっかりと説明できるものとし、それを理解してもらう努力が必要になってきます。
中小企業では趣旨のはっきりしない手当が数多くあり、まずその手当について整理する必要があると思います。
また中小企業ではオールマイティーに仕事をこなせる人材が評価され、職務の相違については大企業に比べてはっきりとした区分ができないケースがあります。
社員の区分をしっかりして、それを厳格に適用することが求められてきます。阿吽の呼吸で組織が円滑に回ってきた日本の労働慣行に当てはめれば、息苦しいこともあるとは思いますが、この判例を分析する限りしっかりと対策をすることが求められます。
非正規社員から正社員になれる登用制度が労働条件の相違を減殺する事情として評価されました。
これをどのように取り入れていくのかを検討していくことが大事になってくるでしょう。
正社員と非正規社員が混在する業務についてはしっかりと分析をして対策を急ぐ必要があると考えます。