人事のブレーン社会保険労務士レポート第144号
マタニティハラスメント~妊娠に伴う経緯業務転換における不利益変更と均等法9条3項との関係~
1.はじめに
妊娠や出産により、会社から退職勧奨や労働条件の不利益変更等、その労働者に対して不利益な取り扱いをすることをマタニティハラスメントと定義し、その様なことが起こらないように使用者に一定の措置を義務づけています。
平成26年10月23日に最高裁は妊娠に伴う経緯業務転換と均等法9条3項との関係について判断をしました。
広島中央保健生活協同組合事件です。
2.事件の概要
原告Xは、Y生協が運営するC生協病院に期間の定めの無い労働契約で理学療法士として平成6年3月に採用された。平成15年10月に妊娠をし、体調を崩したために異動の申し出をし、病院リハビリチームから訪問リハビリチームに異動になった。その後流産し、平成15年4月に病院リハビリチームに再度異動になり、リハビリ業務をとりまとめる副主任に任命された。
平成16年7月1日付で訪問看護業務がFステーションに移管されたことに伴い、F看護ステーションの副主任となった。
その後、平成20年2月に再び妊娠し、労働基準法第65条による軽易業務転換の申し出を行った。同年3月1日付で病院リハビリ科に異動させたが、異動の際に副主任を免ずる旨の辞令を交付することを失念していたとして、その後リハビリ科長を通じてその旨の説明を行った。Xは渋々了解したが、4月1日付で副主任を免ぜられると自分のミスで降格させられたと勘違いされる事を恐れたので、移動日である3月1日付けで免じて欲しいと申し入れた。Y生協は4月2日付で3月1日付をもってリハビリ科に異動と副主任を免ずる措置をとった。
その後同年9月1日より翌年である平成21年10月11日まで育児休業を取得した。
同年10月12日付でリハビリ科からFステーションに異動し職場復帰した。
しかしながらFステーションには既に副主任がいたので、Xを副主任として任ずることはなく一般の職員として復職させた。
この措置に対してXは強く抗議をし、訴訟に至った。
3.最高裁判決の要旨
(1)概要
均等法第9条3項に規定する「女性労働者が妊娠したこと、出産したこと、産前産後休暇を請求したこと及び休業したこと、その他厚生労働省で定めるものを理由として当該女性労働者に対して解雇その他不利益な取り扱いをしてはならない。」という規制が設けられた趣旨及び目的に照らせば、女性労働者を軽易な業務への転換を契機として降格をする措置は原則として禁止されると解されると示しました。
だたし例外として2点を挙げ、それに該当すれば女性労働者を軽易な業務への転換を契機として降格する措置は認められるとしています。
(2)経過措置
a 第一の要件
「労働者の合意」がある場合です。
この合意については、労働者が自由な意思に基づいて降格を伴う措置を承認したと認めるに足る合理的な理由が客観的に存在するときに有効になるとされています。
具体的には、軽易業務転換と降格等の措置により受ける有利な影響、不利な影響の内容や程度、降格等の措置に係る事業主による説明の内容その他の経緯や当該労働者の意向に照らして、当該労働者につき自由な意思に基づいて降格を承諾したものと認めるに足る合理的な理由が客観的に存在するとき。
具体的理由とは、「有利、不利の影響の内容の程度の評価にあたって、降格等の措置の前後における職務内容の実質、業務上の負担の内容や程度、労働条件の内容等を勘案し、当該労働者が上記措置による影響につき適切な説明を受けて十分に理解した上でその諾否を決定し得たか否かという観点からその存否を判断すべきものと解される」としています。
b 第二の要件
「事業主のやむを得ない事情」がある場合です。
事業主において当該労働者につき降格の措置を執ることなく軽易な業務への転換をさせることに円滑な業務の運営や人員の適正配置の確保などの業務上の必要性から支障がある場合であって、その業務上の必要性の内容や程度及び降格等の措置による有利、不利の影響の内容や程度に照らして、降格等の措置につき均等法9条3項の趣旨及び目的に実質的に反しないものと認められる特段の事情が存在するときは、均等法9条3項の禁止する取り扱いにならないと解するのが相当であるとしています。
「特段の事情」とは、降格等の措置の業務の必要性の有無及びその内容や程度の評価に当たって、当該労働者の転換後の業務の性質や内容、転換後の職場の組織や業務態勢及び人員配置の状況、当該労働者の知識や経験等を勘案するとともに、降格等の措置の有利又は不利な影響の内容や程度の評価に当たって、降格等の措置に係る経緯や当該労働者の意向等も勘案してその存否を判断すべきものと解されると示しています。
4.判決の検討
本件での問題点は以下の通りです。
第一は、本件においては事業主がXに対して十分な説明をしている形跡は見られないという点です。
そもそも職務分掌が曖昧であり、主任の業務や副主任の業務が明確になっておらず、副主任が複数人いても業務に影響があるという客観的で合理的な説明がなされていません。
例えば課長は2人いたら意思決定に影響があるかも知れませんが、課長代理や課長補佐といった役職が複数人いる組織は珍しくありません。
副主任の役割が明確ではないためにこの点が説明できず、業務上の必要性から支障があるという説得力のある説明が出来ていないということです。
「適切な説明」をしていないだけではなく、そもそも適切に説明できるだけの明確な役割が副主任にはなかったという点も問題でした。
第二は降格と役職手当の概念です。
判決の中では述べられていませんでしたが、降格により役職手当だけがカットされるのではなく、職能等級も引き下げられるというのがこの事例のようです。そもそも軽易な業務転換により、役職者としての職務や責任を果たせなくなるという典型的な場面を想定すれば、女性労働者の同意の有無にかかわらず当然にその降格処分は認められると考えられるでしょう。
職責や職務の明確化とそれに対応する役職手当の金額がはっきりしていれば問題となることは少ないと考えられます。
別の判例で、看護師長から降格した際に看護師長になった際に支給した5万円をカットすることは無効であるというものがあります。
このケースでは、師長になった際に5万円基本給を引き上げたのですが、この基本給の昇給額に看護師長としての職責の対価はいくらなのか明確ではなく、またそもそも基本給というのは当該労働者の能力に対する報酬であり、役職者であろうとなかろうとその基本的な能力に変わりが無いということにより判断されました。
副主任手当や主任手当などは基本給と分けて支給することにより、その職責との関連性が肯定されるのです。
第三は、副主任復帰について
軽易業務転換の際に、育児休業復帰後にどの様に働いていくのかをしっかりと説明しなければなりません。
例えば経理係長の女性労働者が妊娠し、軽易業務転換を行った。その際に職責が果たせなくなるので、降格をし、新たに経理係長を任命した。育児休業から復帰する際に、新たに任命した経理係長を降格させることは現実的に困難であり、経理係長としての復帰は難しい。経理係長の下で勤務をしてもらうという事についての同意をしっかりと取るということです。
いいにくいことでも、しっかりと説明をして同意を得るような取り組みをしていくことで紛争を回避していくしかありません。
5.まとめ
この判例により、厚生労働省より新たな行政解釈が出され、それが誤解の中で一人歩きをしているように思えます。
判例をしっかり読み込むと、紛争を解決するプロセスにおいては大きな変更はなく、職位や手当を明確にすることや、事前にしっかりと説明をして同意を得ることなど、従来からの取り組みをしっかりとやっていけば問題ないと思います。
職責が曖昧な役職が存在する会社や役職就任と共に基本給を昇給させる会社などは、この判例を検討して、対策を考えなければなりません。
どうぞ参考にして頂き、お役に立てれば幸いです。