人事のブレーン社会保険労務士レポート第129号
労働時間規制を撤廃する新しい労働時間制度について
1. はじめに
政府の産業競争力会議で、「労働時間規制を撤廃する新しい労働時間制度」、いわゆる「労働時間にとらわれない働き方」という議論が行われ、労働時間の長さで賃金額を決定する現行の労働時間制度の例外である制度の導入を提言しています。
労働時間の長さで賃金額を決めないことが産業競争力の向上に役立つのか。今回はこの事を検討していきたいと思います。
2. 裁量労働時間制の問題点
(1)効率と労働時間
「成果」を出すためにどれくらい時間がかかるのか。
効率よく仕事をすれば短くなり、そうでなければ長くなる。
これは一般的に言われていることでありますが、「効率」だけでは解決出来ない問題もあります。
例えばこのメルマガ。
時間を上手く使って執筆する時間をつくるという意味では効率は大事ですが、いい文章を書くというのは効率の追求だけでは出来ません。
「ふと」思い浮かぶものなのです。
「ふと」浮かぶタイミングは会社にいる時とは限りません。
この様に労働時間の長さで賃金額を決める制度がなじまない職種もあります。
企画型裁量労働制や専門型裁量労働制という制度があります。
この制度は非常に使いにくいのです。
どこが使いにくいのでしょうか。
(2)裁量労働制の問題点
働くということは一人では出来ません。
例えば自然科学分野の研究職では、研究職が研究を行い、それをサポートする職員もいます。
実験の材料を準備したり、単純な作業を行う事により実験を支える職員のことです。研究職は裁量労働制の対象となりますが、それをサポートする職員は対象となりません。
ここが一番の問題点なのです。
裁量労働制の対象者である研究職と、実働労働時間で賃金を決定するサポート職員が職場で混在することとなり、長期間の実験等で研究職と行動を共にするサポート職員の賃金額が非常に高くなるのです。
時間外労働抑制のために、サポート職員が十分に研究の支援を行えないという自体もあるのです。
結果として研究職については裁量労働制の対象とせずに、フレックスタイム制の対象として労働時間を管理している企業が多いのです。
労働時間の長さで賃金を支払う制度の対象外となる労働者は、一般の労働者と共同作業が行いにくいということが一番の問題点なのです。
3. 「労働時間の長さにとらわれない働き方」の検討
残業時間の長さで賃金額を決定する働き方を政府は導入しようとしているのですが、この対象者については検討段階です。
年収1000万円以上の高い技能を持ったものであるとか、年収数千万円の世界レベルの高度な専門職など色々と議論をされています。
しかし、対象範囲をどの様にしても前で述べた「労働時間の長さで賃金を支払う制度の対象外となる労働者は、一般の労働者と共同作業が行いにくいということ」が解決されない限り、新しい制度を導入しても使いにくい制度になってしまうのです。
仮に年収1000万円の労働者が、新制度の対象者になったとしても、それ未満の労働者と協働して働くわけです。
上司や先輩が新制度の対象者であっても、一緒に働く他の労働者が現行の制度では一緒に働きづらいのです。
裁量労働制や検討されている新制度が機能するための条件とは、その該当する労働者が一人で仕事が出来る自己完結型の働き方が出来ること若しくは該当する労働者だけで仕事を行えることになります。
ですから検討されている新制度が画期的な制度であるとは考える事が出来ません。
4. そもそも産業競争力の向上につながるのか
私はPTAの役員をしていて、八王子市全体で図書室に司書を配置しようという運動に携わった経験があります。
司書はいないよりいた方が良いのでしょうが、他にも色々と配置をして欲しいという要望があります。
複雑な問題を抱える子供のためにスクールカウンセラーを配置しようとか、司書を配置する予算があるのであれば、学校の蔵書を増やしてほしいなど様々な要望があります。
司書に絞って配置要望をすることが私には理解できませんでした。
これと同様で、雇用分野の規制緩和でどうして労働時間法制が選ばれたのか良く理解できません。
そもそも年収1000万円の労働者とは中小企業では役員クラスです。
そもそも労働者ではないということなのです。
労働時間という枠組みを無くすことで、どう産業力の向上につながっていくのか理解できません。
難しい制度を考えるのではなく、定額残業制度の運用を緩和するだけで十分に目的が達成できます。
定額残業制度も、実労働時間で賃金を決める制度ですから、異なる労働時間制度の労働者が混在するという事もありません。
5. まとめ
「労働時間規制を撤廃する新しい労働時間制度」については、経営者側の社会保険労務士として反対であるというのが結論です。
中小企業にはメリットが感じられません。
産業競争力の向上という視点で考えると、労働者の所得を上げなければいけませんから、「中小企業が価格転嫁できる仕組みづくり」「高校生のお小遣いは増えて、親のお小遣いを減らすこととなる様な現行の最低賃金額を適正水準に戻す」「ガソリンに関する税制の減税」「法人税減税の原資を所得税に求めない」が大きな柱であると考えます。
実務を通じて思うところをまとめてみました。