KNOWLEDGE OF PERSONNEL AND LABOR

人事・労務の知識

人事のブレーン社会保険労務士レポート第119号
最低賃金の引き上げはデフレ脱却にはつながらない

1. はじめに

中央最低賃金審議会は8月6日最低賃金の引き上げの目安を全国平均で14円とする事を決めました。
東京都は19円です。
平成25年8月7日の日本経済新聞では「首都圏企業 影響少ない」という見出しで、「人材の獲得競争が激しい首都圏では従来、業種を問わず最低賃金での雇用は少ない」という記事が書かれていました。

またデフレ脱却の為には「最低賃金を上げて購買力を上げることが必要」という思想もあるようです。

この2点を掘り下げて考えてみたいと思います。

2. 最低賃金が19円上がったらどうなるか

(1)月給の場合

東京都の最低賃金は現在850円です。
これが19円引き上げられたらどうなるのでしょうか。

年間平均の月間所定労働時間が173時間の会社を前提に計算をします。
月給における最低賃金額は以下のように計算します。

最低賃金額 × 年平均月間所定労働時間

これに現在の最低賃金を当てはめてみると
850円 × 173時間 = 147,050円

19円上昇した場合にはどうなるでしょうか。
869円 × 173時間 = 150,337円

月額で3,287円の上昇になります。

東京都において、フルタイムで働いていて賃金額が150,337円の労働者はほとんどいないかもしれません。

しかしここで欠けている視点が一つあります。

「残業手当」です。

869円に1.25を乗じると1,086円になります。

月に30時間残業をしたとすると、最低賃金額+残業手当はどの程度の額なのでしょうか。

150,337円+1,086円×30時間=182,917円
になります。

拘束時間の長い小売業、外食業、運送業、建設業などは恒常的に月60時間を超える残業をしています。
150,337円+1,086円×60時間=215,497円
になります。

新入社員ではこの水準の労働者がいます。

最低賃金額を所定内賃金のみで考えますと、最低賃金額が低いように思えますが、残業手当を含めて考えると低くはありません。
未だに残業手当を全額払っていない企業も少なからず見受けられます。
この様な企業は最低賃金の上昇の影響は、当面受けないかもしれません。

しかし、残業手当をしっかりと払っている会社は大きな影響を受けてしまいます。

(2)時給の場合

最低賃金額は高校生のアルバイトにも適用されます。
仮に東京都の最低賃金が19円引き上げられるとどうなるのでしょうか。
現在の最低賃金は850円です。

高校生のアルバイトの時給は850円と設定しているところがほとんどです。
スーパーなどの小売りや外食も、高校生に限らず新しく採用したアルバイトの時給の設定を850円にしている企業が多いです。

今回の最低賃金の引き上げで19円自動的に上がります。

ですから時給額が850円から869円の金額帯の労働者は全て869円に引き上げなければなりません。

そして今まで870円の時給だったアルバイトはどう考えるでしょう。
新入社員は850円で働いていたわけであり、20円の能力差を会社が認めていたアルバイトに対し、新入社員と1円さの時給で納得してもらえるでしょうか。
答えはノーです。
ですから、850円を超える時給のアルバイトには869円プラスアルファの時給設定にしなければなりません。

時給社員の人件費が増加してしまいます。

(3)どこで数字を合わせるのか

時給のアルバイトの人件費が上がります。
しかし売上げが伸びず、原油が上がり仕入れコストが増える中、何処で数字の帳尻を合わせるのでしょうか。

正社員の賞与です。

最低賃金が上昇することにより、正社員の賞与は減らさざるを得ないのです。

これが中小企業の実態なのです。

高校生の子どものお小遣いは増えて、お父さんのお小遣いは減る。

こんな冗談を言う人もいますが、これが現実なのです。
アルバイトをしている高校生は19円の賃金額の引き上げがされるでしょう。
しかし、その為にお父さんの賞与は減らされる。

家計の購買力はアップしないのです。
デフレ対策になるはずがないのです。

企業の収益にも影響があり、デフレ脱却にも効果がない。
これが最低賃金の引き上げの問題なのです。

3. 生活保護費と賃金との関係

最低賃金は生活保護費をベンチマークにして決めています。

生活保護費より最低賃金額の方が低いから最低賃金を上げろという発想です。

ここでの問題点は2つ。
第一は、生活保護費が適正かどうかの議論。
第二は、比較する賃金額は所定内賃金ということ。

残業手当を考慮しない、所定内賃金と生活保護費の比較をするから実態とかけ離れた最低賃金額になってしまうわけです。

生活をするにあたって、残業をしない人は殆どいません。

労働者にとって生活のための賃金は「所定内賃金+残業手当」です。

残業手当を加えた賃金額と生活保護費を比較しなければ、企業は残業手当の予算化をする事が出来ません。
残業手当の予算化ができなければ、人件費が予算超過してしまい、企業の収益を圧迫してしまいます。
収益を確保するために賞与を減額したり、支給出来ない企業も出てくるのです。

政府は最低賃金を上げることでデフレ脱却をする事が出来ないと認識するべきなのです。

付け加えると、政府は賃金を上げろと企業に要請していますが、これは間違いです。
仕入れ価格の決定権のある企業には良いかもしれません。
しかしデフレ脱却のためには中小企業の労働者の所得も上げなければなりません。
その為には「賃金を上げろ」ではなく、「仕入れ価格を上げろ」と要請すべきなのです。
大手企業の社員の賃金を上げるために、仕入れ価格が下げられては、中小企業の収益は確保されません。
政府は大手企業には社員の賃金よりも仕入れ価格を上げてくれと要請すべきなのです。

読者の皆様にはこの点をしっかりとご理解して頂きたく今回のテーマと致しました。

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